小川 純子さん

「目に見えることがすべてではない」
医療従事者、MS当事者として人の痛みに寄り添いたい

場の空気をなごませてくれるような、やわらかな笑顔と口調が印象的な小川純子さん。長年治験コーディネーター(CRC※)として働いてきた経験と、病気を抱える当事者としての体験から、「傍目にはわかりづらい人の痛みに寄り添える人でありたい」と語ります。 ※CRC(Clinical Research Coordinator)……医療機関、製薬会社、患者さん三者の橋渡し役として、薬の開発試験である治験がスムーズに進行するようにサポートする仕事。

初期症状は看護学生時代。激しいめまいなどの体調不良でした。耳鼻科などいろいろな科を受診したものの決定的な診断がおりず、その後、脱力や左足の感覚障害が出るようになって地元の大学病院に2度目の入院をしたとき、ようやく多発性硬化症(以下、MS)と診断されました。

看護師として働きはじめてすぐにひどい脱力症状が出たので、近くの小さなクリニックに転職。そこがたまたま治験の施設だったことから治験の勉強をするようになり、認定CRCの資格を取るに至りました。CRCの仕事をするようになって、患者さんとより近い距離感で話す機会が増えたんです。また、健常成人対象の第Ⅰ相試験施設で働いていたときは、参加してくれたボランティアの方々に臨床試験の意義を少しでもわかっていただきたいと説明していました。私の話を聞いた数人の方が、「自分が誰かの役に立ってるんだね」と言ってくれたときは、この仕事をしていて良かったなと思えました。また、その後に勤めた病院では、配属先の上司が、杖をつきながら働く私の姿を見て、「小川さんが働いていることで、自分も頑張ろうって思っている患者さんはたくさんいると思うよ」と声をかけてくださったことも。どこか MSのことを引け目に思っていた心が救われたような気持ちでした。病気の当事者だからこそ、ほかの人よりも患者さんの気持ちに寄り添える心の面積が広いのかなと思います。

以来22年間、とてもやりがいを感じてCRCの仕事を続けましたが、体調や職場の事情で、現場を離れ、治験事務局の仕事をすることになりました。職種は変わっても、自分の手を通っていく書類がいつか誰かを笑顔にする治療やお薬に繋がっていると信じて、日々業務に励んでいます。

CRCの仕事と同じくらい好きなことが、非日常を感じられるディズニーのショーやミュージカルを観ることです。私自身もともと体を動かすことが好きで、一時期はアマチュア劇団に入ってダンスやお芝居をやっていたこともありました。その後、病気が進行して踊るのが難しくなったときの喪失感は大きかったけれど、今は観ることまであきらめなくていいんだ! と気持ちを切り替えることができました。

私が大好きな『星の王子さま』に出てくる「目に見えるものがすべてではない」という言葉のように、社会にはMSだけでなく、目に見えない痛みのある方がたくさんいるということを知ってほしいと思っています。私自身、調子が悪くない日なんてないけれど、元気にしている方が良いとスイッチを入れて自分を保っています。今まで通りにはできないこともたくさんありますが、これからも自分を労りながら病気と向き合っていきます。

撮影:国分真央 MAO KOKUBU
フォトグラファー。東京都出身。広告、PR、CDジャケット、書籍表紙など、
Instagramを中心に幅広く活躍中。